三十路迷走記

三十路を前に迷走し、三十路を過ぎて途方に暮れる毎日  「レーシック難民」なのか!?

体調いまいち

今日はなぜか、いつも不調の右目ではなく、左目の痙攣が午前中止まらなかった。右目も普通に痙攣しているわけですが。
いろいろと頑張り続けることに疲れている。メイラックスの減薬を始めたせいもあるのだろうか。
視力は、11月ごろから近視化したように思ったが、暖かくなってきたらまた遠視化しているようで、目から口の中への圧迫感が復活。背中の強張りも結構ひどいところまで戻ってきている。コンタクトは最近、つけると見えにくくて付けられないまま。
私の場合、暖かい方が体調が悪くなる気がする。入浴もすると気持ち悪くなって吐きそうになる。なぜなのだろうか。
術後一年で発症したハログレアも続く。
全体的にいまいち。このところ、また気力がプツンと切れてしまっているようだ。

再び

死にそうな体調に戻ってきた。この地獄はいつまで…理由は不明。
働くのも結婚生活の維持もやはりこの後遺症がある限り、無理なのではないか。

続く怒り

右眼球が握り潰されるような痛み。あり得ないまぶしさの夜景。右手の痙攣。肩と首の異常…。

受け入れようと努力して、共存しているレーシックの後遺症たち。いったん怒りが蘇ると、受け入れるのが難しくなる。「こんなの私の人体じゃない」と現実から逃げたくなる。

全てに投げやりになってしまいそうだ。

1年かけてやっと受容の境地にたどり着きつつあったのに、蘇った怒りと後悔と憤りに支配されて、生きているだけで感謝する気持ちよりも今日は、できなくなったことたちを思って、悔しくて眠れない。

私はいつまで、今の日常を維持できるのだろうか。生きている今への感謝より、未来への恐怖が募る。

術後一年のクリニックの対応

どうしようもない怒りに襲われている。

責任を取らないクリニックに対して。必要がなかった「レーシック手術」を私に施し、私の人生を変えたクリニックに対して。私の体に何が起きていようとも、原因を「分からない」「こうかもね」と軽く言い、それに対して何の術も講じることのない、まったく責任感のないクリニックに対して。メーカーだって、売った商品で健康被害が出れば何らかの処置を講じる。ましてや「医療機関」をうたっているクリニックが、なぜ責任を取ろうとする姿勢を見せないのか。むしろ、私の精神状態がおかしいのかのように人を取り扱うのか。

術後1年ということで受診して、耐えられない気分になった。怒りだけに襲われた。レーシックのことを忘れよう忘れよう、今できることで人生に満足していくことを覚えようと、努力し続けた1年間。受診して、今の状況を何の分析もしようとせず、責任を逃れるためだけのような「医師」の「安定してますよー」という言葉を聞かされ、仕事と日常を喪った人間がどう思うか、考えたことはないのだろうか。

レーシックをうけなければ、私は健康のままだった。レーシックさえ受けなければ本を読めたし、旅行にも行けたし、運転もできたし、アウトドアも楽しめた。仕事をつづけられた。結婚式だってあきらめる必要がなかった。心臓に異常が出ることだってなかったかもしれないし、右手足の痙攣のせいで文字を書いたり、タイプしたいすることに困難を覚えることだってなかったかもしれない。

私が喪った数々の可能性。因果関係は確かに、誰も立証できないのだろう。だが、レーシックを受けたせいで私が、今なお日々精神薬と各種ビタミン剤やサプリ、漢方を飲み、メガネとコンタクトを何本もとっかえひっかえし、寝る前に調節麻痺の目薬を差して、目元エステをして、それでもずっと右眼と肩と首に異常を感じながら、手足の痙攣や心臓の異常や聴覚の異常や、三半器官の異常や、眩暈や、そういうことに悩まされながら、まともな仕事もできずに、光におびえながら、ずっと好きだった読書も映画を見ることもできずに明日自分の体調が劇的に崩れないことだけを願って、ただただ目を休めせるために眠りながら暮らしているのは事実だ。

すべてがクリニックが「成功」と掲げるレーシック手術のせいだとは言い切れないのかもしれない。目も体調も数カ月単位で症状を変えている。それでも、レーシック前のまったくの健康優良児だった自分を思えば、レーシック後の各種異常は、眼からきていると経験則から考えてしまう。

喪ったすべてを償えとまでは言わない。言ったところで詮無いことは知っている。だが、あの対応はなんなのだ。多少の責任と、今のこの状態を分析して、どう対処したらいいかを多少でもいいから示したらどうなのか。

何をどうしたら、仕事をして、週末家族とゆっくり時間を過ごして、夜熟睡して、食事を楽しめて、みたいな普通の生活が取り戻せるのかわからない。友人の話を聞いて、社会的に「成功」している人たちの感覚と触れて、自分自身がいかに、いろいろなものを喪ったかを気付く。たぶん、二度と、これまで歩んできた人生のあのレールの上に戻ることはできない。

レーシックで喪った「今」。あったかしれない「今」を思い、クリニックの無責任さと相まって、ただただ強い怒りに襲われている今日。

「レーシック難民」が年末年始にした10のこと

さあ新年。というわけで、この年末年始にしていたことを振り返ります。

 

1)東海光学の遮光+偏光オーバーレンズを買いました

2)度数がまた変わったのでメガネを新調(近く用はモイスチャーメガネPC用の遠視メガネ、遠く用も買い、これで10本くらい手元にメガネがある状況に)

3)相も変わらず手足のしびれと頭と肩と背中の強張りが異常事態なので、整体に二度行きました

4)眼科に行って内服薬と目薬をもらいました

5)メガネ屋に行って、色つきメガネを買うことを検討し、度数が変わり続けている現状を鑑みて経済的に無理と判断

6)毎日の安定剤・漢方・サプリの服用、ヒアレイン・サンコバ・ミドリン点眼継続

7)肩用の小豆の力を頻用、就寝前は必ず目元エステ

8)首と頭のコリが相も変わらず酷いので、「首ストレッチ」を買いました

9)そういえば遠視コンタクトも買いました。月定額制だというメニコンのメルスプランも検討しつつ、とりあえずは必要なものだけ購入

10)厄除けに行き、病気平癒のお守りも買いました(神頼みも継続中)

 

後は掃除をして、初詣に行って(厄除けもして)、この連休も大方終了です。

このブログを読んでくださった皆様にも、「レーシック難民」な私が金と時間をどう使っいるか伝わるのではないでしょうか?

お金に余裕があるわけではありません。正社員として働いていたころに比べて収入は3分の1以下に激減しています。そして始めたばかりの今の仕事も、いつまで続けられるかは分かりません。

それでも、レーシックによる痛みや体調不良を少しでも和らげるために散財せざるを得ない。生きていくための必要最低限の体調が維持できていないから、例え食費を削っても、車の購入をあきらめても(どうせ運転できないですが)、貯金を切り崩しても、金を使うしかないのです。

それでも私は、幸せに生きていきたいと思っています。新年の抱負は「いつか普通に暮らせるようになると信じること」。2014年も綱渡りの日常を何とか維持できるように、時間もお金も気力も、すべて捧げる覚悟です。少しずつでも体調が良くなっていくことを信じて、今年も生きていきます。

働くのは無理っぽい

普通にゆるめの仕事を始めて数週間。
結構限界のようなものを感じている今日この頃。
遠方視力も近方視力も落ちてきて、右目は何をどうしたらいいのか分からない。
読まずに仕事はできない。
以前とは何もかもが違う。
レーシックで失敗した人間が普通に働いて生活するって、やはり夢でしかないのだろうか。

レーシックの問題が社会に認められつつある?

なにやらレーシックの被害についてニュースなどでも取り上げていただいている様子。

実際に被害を受けている人間が(ネット上だけでなく)実在することが社会に認識され、治療法の研究が進み、社会での受け入れ態勢が整っていってほしいと心から願います。

もしも取材要請があればお応えしたいと思いつつ、なかなか地方在住者にはそんな機会もないままで…。

被害者の会の方々にこの場を借りて御礼を申し上げます。

 

しかし更新するのは久しぶり。

この間いろいろありました。というか、経済的に困窮し、実は仕事を始めました。

正社員ではありませんがフルタイム。

哀しいかな。時給○○○円のバイトでは生活が立ち行かず…。

 

仕事に就いてからはPCも結構使っており、正直、毎晩フラフラ(言葉通り平衡感覚を失って)と帰宅して、とにもかくにも睡眠確保な毎日です。

正直、死にそう。

朝起きた時点で当然のように右眼がおかしく徹夜明けのよう。

PCと向き合っているので身体もギシギシ。週末はゆっくりしたいのに、きちんと眠れていないらしく起きてしまう。

そして整体に行き、気が付くとまた月曜日。体中の酷いコリや手足のしびれは整体で一日は回復するものの、PC作業を行う月曜日の夜には徐々に元通り。

最近は特に右手親指の「バネ指」とか呼ばれる症状がひどく、字を書くのが困難になってきています。

 

視力の方はというと、この明らかに「無理」な生活を始めた頃から遠方視力が一気に低下し、+1のコンタクトを付けると体感視力が0.8を切るような感覚になってきました。

加えて、理由は分からないのですが術後1年近くたった今になって、ハログレアの症状を自覚するようになり、夜間の光やらビームやらににやられるようになりました。これまではハログレアの自覚はなかったので不思議。

 

しかしゆったりな仕事とはいえ、「普通に」働ける日常を(綱渡りのようではあっても)送れている幸せを噛みしめています。

どこかできっとバチンと切れてしまうような恐怖感は常にありつつも、普通の生活のようなものが送れる幸せを、できるだけ長く味わっていたいと思っている最近です。

 

その他、薬とメガネの使用などについては変わらず。

服用薬は、漢方(コギクジオウガン)、メイラックスルテイン、ビタミン剤、DHAアデホスコーワ、メチコバール

目薬はサンコバ、ミドリン、ヒアレインの3点セット。

就寝前には目元エステ。

うーん。普通の生活が送れる幸せと書いたけど、全然普通じゃないかも…

 

とはいえ、本当に寝込むしかなかった夏ごろよりは体調はずっといいです。

死にたいと思うことも最近はなくなりました。死にたいほどに酷かった常時の眩暈や気持ち悪さが薄れてきたからだと思います。

ただ、文章を読んで頂ければ分かるように頭は回っていません。

それでもやっぱり金を稼げるということは幸せなことだと痛感する日々です。頑張ろう自分。

 

以上、近況報告でした。

ではでは、気が早いような気もしますが、皆さま良いお年を。

私は年末年始は寝まくって、体力回復を図ります。

「普通の生活」にはかなりムリがある

右+1.75と左+1のメガネを使用中の今日。

体調いまいち。右目がどうにもオカシイし、頭も安定せず、バランス感覚おかしい。背中も腰も限界に近い。

このところ無理をしすぎているのかもしれない。バイトに行かなきゃいけない日も今月は多く、キツい。友達に久しぶりに会ったりしているのもキツい。ご飯も結構作っている。主婦的な日常をある程度こなせつつあることに体調回復の兆しを見つつ感動してはいるものの、体力的には死にそうだ。

現状、週に数回の目を使わない雑用バイトでギリギリな感じ。就寝は21時前のため、夫と顔を合わせるのはバイトの日の朝くらい。とにかく睡眠。これ以上健康的にはできませんというくらいな生活。運動は、外にいるのがまぶしいので以前ほどできないが、まあ働いていたころに比べればよっぽど身体は動かしている。それでこの倦怠感。首背中腰の強張り。手の強張りなどなどかとうんざりしつつ。

そういえばリウマチの血液検査の結果は予想通り陰性。どうせ目からきてるんですよ…。眼が人体に与えるストレスというものは恐ろしいとつくづく思う最近。ついでにアイリタンというやつが気になっている最近。

無理をした方が精神衛生上はいいと思うものの、今日はご飯作らないでもう寝たい。倒れそう。さてどうしようか。…って、ほんとう情けない悩み。